松田聖子 Classic 聖子ちゃん!白書

松田聖子さんの原点 “聖子ちゃんの季節” にスポットを当てました!

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『風は秋色』ラブソング説と三浦さん4部作一連のストーリー説(1)

三浦徳子さんによる聖子ちゃんオリジナルのシングルA面4部作について
 
 実は、聖子ちゃんファンの中に『風は秋色』という曲が失恋ソングだと感じている人が結構いるようです。
あの明るい曲調の曲にあって、またアイドルとしてブレイクしたばかりの聖子ちゃんのこのアイドルソングが失恋ソングとして認識されてしまう原因としては、あいまいな歌詞と失恋を思わせるフレーズがいくつか入っていることがあると思われます。
 この可愛らしくて初期の聖子ちゃんを大ブレイクさせた明るい曲が失恋ソングとして多くの方に理解されてしまうというのはとても寂しいことだと思います。
 そして、この曲はちょっと切なくて前向きなラブソングであると皆さんに理解してもらえたらいいなと考えて、今回この曲を取り上げてみることにしました。
レコード会社のスタンスとしても、本来この曲は、失恋ソングとは位置付けられていない曲なんだろうと思います。
 まず第一に、曲への感情移入の天才の聖子ちゃんが、終始笑顔で歌っていることがあげられます。 また、タイアップしていた資生堂のCMの中では常に明るいサビのフレーズが流されていて失恋を思わせる影が一つもないことです。
 
 「Oh, ミルキィ・スマイル 抱きしめて
 あなたの腕の中で旅をする
 Oh, ミルキィ・スマイル 受け止めて
 やわらかなその愛で ♪」
 
 
 さらに後に登場する『瞳はダイアモンド』に対してキャッチフレーズにされていたのが、「聖子ちゃんのシングルA面曲史上初の失恋ソング」というものです。
 このレコード会社の触れ込みによりますと、『風は秋色』はもちろん、『風立ちぬ』も失恋ソングの範疇には入っていないということになります。
 太陽の化身のように明るく前向きな輝きを放つ聖子ちゃんにとって、失恋ソングというのはそれくらい登場する機会がなかったということが言えそうです。
 
 それでは、まず『風立ちぬ』について見てみましょう。 この曲の方が『風は秋色』よりもさらに失恋ソングとの認識をされやすいのではないでしょうか。
私にしても前述の『瞳はダイアモンド』に対するキャッチフレーズを目にするまでは、『風立ちぬ』は失恋ソングと思っていました。
 でも、よく聴いてみますとこの曲のどこにも相手の人の情報が出てきません。 もちろん恋人だとか愛していたなんて歌詞はどこにもありません。
切ない別れの曲であることは間違いないのですが、その相手の人がどういう人なのかが全然はっきりしていないのです。

 もしかしたら、小さいころから可愛がってもらって大好きだった親戚のおじさんが、仕事の関係でどこかに引っ越してしまうとか、夏休みなどを利用してホームステイなどをしてお世話になっていたお宅を出る日がやってきて、そこの優しかったお兄さんとのお別れであるとか、または、いとこの年上の人が、就職が決まってどこか遠くへ行ってしまうことによる別れやさらには、女性友達や父親などなど、失恋とはまた別のお別れが描かれているのかもしれないのですから。

 つまり、『風立ちぬ』は明確な失恋ソングではないと言うことは確かだと思います。
それを裏付けるように聖子ちゃんのシングルA面曲に失恋ソングがとても少ない中で、『風立ちぬ』に失恋ソングという触れ込みは一切ありませんでした。
むしろ、辛いことがあってもそれを乗り越えてしっかりと生きてゆく前向きさが描かれているポジティブ・ソングの側面が大きかったように思います。
グリコ・“ポッキー”のCMソングとして採用されていたイメージとしてもまさにそういう前向きさが描かれていたのだと思います。



 ですから、レコード会社が、『瞳はダイアモンド』について「聖子ちゃんのシングルA面曲史上初の失恋ソング」と大々的に触れ込んだことは大いに信憑性のある話なのではないでしょうか。
 
 それでは、続いて本題の『風は秋色』が失恋ソングではないということについて見て行きたいと思います。
 
 「La La La …… Oh,ミルキィ・スマイル
 あなたの腕の中で旅をする
 Oh, ミルキィ・スマイル 抱きしめて
 やわらかなその愛で ♪」
 
 まず心に引っ掛かるのが、冒頭から始まるサビの明るいフレーズに続いて登場するこの曲の中の印象的な歌詞
 
 「忘れるために訪れた海辺の町
ちぎれた愛が指に髪に離れない ♪」
 
 このフレーズが特にそういう印象を与えてしまうのだろうと思います。
ここの部分を聴くと確かに失恋した相手のことを忘れようとして訪れた場面や別れて傷ついた心にまだ残る未練などが思い浮かんできてしまいそうです。
 
 その部分の歌詞だけを心に思い描けば、そのようなイメージが浮かんでくることは無理もないことだと思います。
 ただ、この曲の根底に流れているものは、明るさだと思います。 メロディーもメジャー・コードで、ポジティブさを表していますし、何度も流れるサビの部分の明るく肯定的なイメージ。 それに最初にお話しした聖子ちゃんのこの曲を歌っているときの明るい笑顔です。

 初の失恋ソング『瞳はダイアモンド』では、決して笑顔は見せておりません。 聖子ちゃんは、歌への感情移入を自分の歌手としての信念にしているんです。
 その人が、失恋ソングをニコニコとのどかに笑顔で歌う訳がありません。 そのことから見ても、この曲『風は秋色』が失恋ソングということは、考えにくいことだと思います。
 それでは次に、失恋ソングではないことを示している点を見ていきたいと思います。
 
 一つには、2番の歌詞で「恋する切符を手に入れたこの渚で ♪」とあります。 その夏、ヒロインは、その渚で素敵な恋に出会ったことになっています。
 そして、この歌詞の中で、その切符を手放したということも失ったということも一言も出てはきません。
 つまり、まだ恋愛の最中であると考えられます。
 
 二つには、何度も繰り返されるサビのメイン・フレーズ
 
 「Oh, ミルキィ・スマイル 抱きしめて
 あなたの腕の中で旅をする
 Oh, ミルキィ・スマイル 受け止めて
 やわらかなその愛で ♪」
 
 このフレーズの中では、「抱きしめて」、「受け止めて」と相手の男性に投げかけています。  自分を振った人、あるいは裏切った人にそのような言葉を掛けるでしょうか。
 この言葉は、少なくともヒロインには、依然として愛情が続いていることを想い起こさせます。
 そして、「あなたの腕の中で旅をする」や「やわらかなその愛で」という部分は、相手の人が大変包容力が豊かで、しかも愛情に満ち溢れている人だということが表わされていると思います。
 
 これらの部分だけを見れば、ラブソングとしてもっともな部分だと思うのですが、問題の「忘れる為に訪れた海辺の町 ♪」につきましては、何を忘れたいのかということになります。
 ここで、失恋している訳ではないのであれば、好きなあなたと一緒にいられない一人ぼっちの寂しさを忘れたくて、あなたと楽しく過ごした思い出の海辺の街に出かけたと考えることができそうです。
 それから、「千切れた愛が指に髪に離れない ♪」の部分については、離ればなれの二人であれば、自由に会うことができず、切ない気持ちがヒロインの指や髪にまとわりついて離れない感じが思い浮かびます。 その距離によって二人の愛が千切られてしまったのではないでしょうか。
 


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[ 2013年03月03日 21:34 ] カテゴリ:雑感 | TB(0) | CM(4)

『風は秋色』ラブソング説と三浦さん4部作一連のストーリー説(2)

…続き、
 
 続いて、「泣き虫なのは あなたのせいよ 震える心愛のせいなの ♪」 この部分についてですが、「あなたと離れているとどうしても寂しくなってしまい、泣いてばかり。 泣き虫になったのはあなたのせいよ」という感じではないでしょうか。
 「震える心愛のせいなの ♪」これについては、文字通り「震えるほどさびしい気持ちになるのは、あなたを心から愛しているからなの」ということになるのだと思います。
 それと、あれですよ! この曲の一つ前の曲『青い珊瑚礁』で初めてベストテン番組(ザ・ベストテン)で一位を取ることができたのですが、そのときに感極まって聖子ちゃんが泣き出してしまったことがありました。 その出来事によって、聖子ちゃんは“泣き虫”というイメージが世間に定着したんです。 そのエピソードをこの曲の中にも素早く、そしてさりげなくもじって掛け合わせているということがあると思います。
 作詞の三浦徳子さんは、中々洒落っ気のある人でもあるのではないでしょうか。
 
 それでは、この曲は、どのようなストーリーをイメージしているのかということを考えてみます。
 
(歌詞のストーリーのアウトラインを空想)

 ・夏休みに海水浴場で出会ったヤング・カップル(高校生)。 会うたびに心が惹かれ合い、初めて人を恋する気持ちの芽生えた二人。
 夏休みの終わりと共にお互いに好きな気持ちが募っていながら告白できないままに離れ離れとなってしまう。
 その一人ぼっちの寂しさをひと時だけでも忘れたくて再び訪れた思い出の渚。
 季節はすっかり秋色に染まった夕暮れ時、人気のない砂浜でぼんやり海を眺めていると遠くから微笑みながら道路を横切る人影が…。
 あれは、もしかしてあの時の彼なの? そう、運命の女神に導かれ二人は再び巡り合ったのだった。 そして、今度こそお互いの気持ちを確かめ合いながら、連絡先を交換し合った。
 そして、ようやくあなたは私をずっと遠くから見守っていてくれるんだという喜びを胸に抱いて、寂しい秋、そして冷たく厳しい冬を乗り越えて春を待つ勇気を彼女は取り戻せた。
 
 この曲は、そのようなハツラツとしたストーリーが思い浮かぶラブソングなんだと思うんです。 そして、この曲を深くイメージしているとさらにもっと大きなつながりが見えてきました。

 それは、三浦徳子さんによる聖子ちゃんのオリジナル・シングル曲4部作(『青い珊瑚礁』から『夏の扉』)が実は一つのストーリーにつながっているという説です。
 
 オリジナル4部作としたのは、デビュー曲の『裸足の季節』については、聖子ちゃんのために用意された曲ではなく、CMの為に書き下ろされた曲であるからです。
 サンミュージックでは、この曲のオーディションを当初、聖子ちゃんの先輩歌手の香坂みゆきさんに受けさせる予定になっていたそうです。 それが、聖子ちゃんのデビューの時期と重なった為に急遽変更したという経緯がありました。

 それもありますし、聖子ちゃんには、この曲に登場するエクボが無く、イメージに合いません。
 また、つながる為のキーワードも合いません。 夏に初恋をした二人でなければつながっていかないのにこの曲が加わると夏になる前にすでに恋人がいたことになってしまいますので、ストーリーを展開して行くことができません。
 ですから、デビュー曲の『裸足の季節』は抜きということにいたしました。
 

 それでは、三浦徳子さん4部作は一連のストーリー説です。
 
 『青い珊瑚礁』は、一見すると、南の島で繰り広げられた夢物語の恋愛ストーリーのように感じられますが、彼女の恋する想いがヒートアップして空想を交えてはいるものの、実際にその夏二人は出会いました。 そして、そのヒロインの恋に落ちたトキメキ感が感動のうずとなって青い珊瑚礁へとトリップして行くのです。
 そう、その夏、高校生の二人は、恋する切符をその渚で手に入れたのです。
 二人はそれぞれこの海辺に夏の休暇を過ごすために家族で泊まりに来ていました。 ひょんなきっかけから砂浜で出会い、仲良くなった二人。 会うたびにその絆を深めていきます。
 でも、初々しく恋には奥手の二人。 二人の気持ちが結ばれるのはイメージの中でしかありませんでした。 二人で会いながらも白昼夢を見ている二人なのでした。
 やがて夏休みの終わりを迎えます。 それぞれの場所に帰らなければなりません。 シャイな二人は、好きだという気持ちもお互いの連絡先も告げられないまま離れ離れになってしまいます。
 
 『風は秋色』二人の愛が、休日の終わりという物理的事情によって千切られてしまい、愁いのこもった切ない秋へと変わって行きました。
 でも、二人の愛は固く結ばれていました。 離れていてもお互いの愛を強く感じることができるのです。 それは、あの夏見つめ合ったお互いの瞳の中には強く惹かれ合うものがあり嘘偽りのない輝きを放っていたからです。
 でも、結局お互いの連絡先も交換できないまま別れてしまった二人。
 彼の愛を強く感じていながらも離れ離れになってしまった彼女にはもうどうすることもできません。
 すでに風も秋色の或る休日の日、彼と楽しいひと夏を過ごした思い出の渚に、この恋のことはもう忘れようとフラッと出かけて行きました。
 海辺のカフェテラス。 ふと見かけたオープン・テラスのテーブルで空のソーダ・グラスにストロー2本が風に揺れていた。
 私たちもこんな関係になりたかったな。 さらに海岸に向かって歩いて行く夕暮れ時、遠くから微笑む誰かが道路を横切って自分に近づいてくる。
 えっ! 彼なの? こんなことってあるのかしら。 ドラマチックに再会した二人は、今度こそ、お互いの連絡先を伝え合いました。
 そして、翌年の春休みに再び会う約束をしました。
 彼は高校3年生。 大学を受験して見事受かった暁には君に会いに行くよと約束の日も決まりました。
 
 『チェリーブラッサム』彼は受験生。 彼の目標が実現する為にこれからはしばらく会うことができません。 彼女はまだ高校2年生。 今私にできることは彼の健闘を祈ることだけと自分に言い聞かせます。
 やがて愁いの秋が過ぎ、長く厳しい冬を乗り越えると穏やかな春がやってきます。 激しい風に吹かれた二人の気持ちはいよいよ強いものへと高まっていきました。 そして、その彼との約束が果たされるのはいよいよ明日です。
 ヒロインの胸は否が応にも高まります。
 桜の花が晴れやかに咲き誇るようにこの春、二人の夢が叶いますように。
 目標が果たせたら、彼は彼女の親にも挨拶に来てくれて、いよいよ二人の正式なお付き合いがスタートできることになるのです。
 彼女は、ツバメが飛び交う青空を見上げてはキャンバスに自由に絵筆を走らせるように未来の夢を描いていました。
 
 『夏の扉』見事希望の大学への合格を果たし、ヒロインの親からも正式なお付き合いの許しを貰らえた二人は、その後頻繁に会えるようになりました。
 そんなフレッシュな二人の喜びがこの曲にはあふれています。 そして、再び二人で向かったあの出会いの渚。 夏は、水着でほとんど裸のフレッシュな二人を熱く包んで迎えてくれました。 髪を思い切ってショートに切った彼女を違う人みたいだと言う彼。 本当は照れていて海岸に向かう道路を先に歩いて行きます。 道路を渡りかけの彼と私を車が分けて行く。 人が大勢歩いている中で道の向こう側で彼が何か叫んでる。 「好きだよ!と言ってるのまさか嘘でしょう」私たちって、何て幸せなの!
 さあ、今年こそためらいのベールを脱ぎ棄てて、私たちの夏の扉を開けて!
 
 
 いかがでしょうか、三浦徳子さんの初期4部作は、きれいにつながってしまうんです。 これは、偶然というよりも三浦徳子さんによって素敵なラブ・ストーリーが隠してあったということが実際にあるような気がしてなりません。
 聖子ちゃんに一曲一曲丹精を込めて詩を書いてくださった上にさらにこのようなユニークなストーリーを仕掛けていたとしたら、聖子ちゃんに対する本当に素敵なプレゼントでしたね。

 最初期の聖子ちゃんを輝かせた立役者のお一人、三浦徳子さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 
 今度、この説を基に妄想劇場を書いてみたいと思います。 できましたら、ぜひご覧になっていただけたらと思います。

 以上、『風は秋色』ラブソング説と、三浦徳子さんの初期4部作一連のストーリー説でした!


[ 2013年03月03日 21:31 ] カテゴリ:雑感 | TB(0) | CM(0)

聖子さんに一言物申す~ダイアモンドである為に!

 
 これまで気にはなっていたものの、今のマイペースで自由に活動している聖子ちゃんに対して余計な考えを持ってもいけないなと思い、自分の思いを封じ込めていました。
 ところが、最近、ひょんなきっかけからある事実を知り、その瞬間から、それまで封じ込めていた思いを吐露したくなりました。
 もちろん、こんなマイナーなところから聖子ちゃんに対してこの想いが通じるなんて言うことは有り得ないことだとは分かっています。 それでも心のテレパシーとしてでもそういう想いが届いてくれればと思い、筆をとりました。
 そう、七色のパドルのように。
 
 その事実というのは、もちろん、ご存じの方は結構多いのかもしれませんが、聖子ちゃんのデビュー年の1980年に同じ芸能事務所のサンミュージックに、もう一人の大型新人候補の女性がいたことです。
 その人の名前は、中山圭以子さん。 年齢は聖子ちゃんより3歳年下ながら先輩タレントでした。 彼女は、当時引く手あまたのアイドル候補生で、多くの芸能事務所から所属の誘いが来ていました。 その中で、サンミュージックは、破格の条件を提示することによって彼女を獲得していました。 その条件とは、彼女は、すでに映画の主題歌のレコーディングや雑誌モデル、CM出演などは果たしていましたが、アイドル歌手としてのメジャー・デビューはしていませんでした。 その本格的なデビューの際には、事務所が総力を挙げてバックアップするというものです。 さらに彼女のデビューからの2年間は、他の新人をデビューさせないという約束になっていました。
 
 そんないきさつから、聖子ちゃんもサンミュージックに入ってからもしばらくは歌手デビューできずに、前年の79年には「おだいじに」というドラマで、役名“松田聖子”として女優デビューを果たしていました。
 そして、その翌年1980年の2月にいよいよ中山圭以子さんがデビューすることが決まり、海外輸入のシャンプーとのCMタイアップを目玉に準備を進めていました。 ところがそのシャンプー(後のティモテ)が、輸入販売の直前で一部成分の認可が下りていないことが分かり、その認可が下りるまでしばらく輸入も販売もできなくなってしまったのです。
 
 そこで、大番狂わせのCMとのタイアップ無しでのレコード・デビューが急遽決まってしまいました。 予想通り、CMとのタイアップが無かったことから、単独では、地味な中山圭以子さんのデビュー曲は、不振な成績を残すこになりました。
 聖子ちゃんが所属したのは、同じ芸能事務所であり、そのデビューに向けての歌唱レッスンに新たに加わった聖子ちゃんとは当然、顔を合わせて一緒に練習していることも手伝って自然と仲良くなり始めていた二人でした。 そんな聖子ちゃんが資生堂「エクボ 洗顔フォーム」でのCMソングの歌唱テストに臨み、見事合格しました。 聖子ちゃんには、えくぼがないのでイメージ・キャラクターは、モデルでくっきりとしたえくぼを持つ山田由起子さんが出演することに決まりました。 それと、サンミュージックには、CBSソニー(当時)の聖子ちゃんを見出した若松ディレクターから、歌手として早くデビューさせてもらいたいという依頼も受けていたので、中山圭以子さんのデビューに続けてそう間を置くことなく聖子ちゃんをデビューさせたい状況が強まっていました。
 そうは言っても、中山圭以子さんを受け入れる為の条件として提示した約束をむやみに破ることはできません。 中山圭以子さんが強く聖子ちゃんのデビューを拒否したなら相当デビューが伸びたことは間違いないはずでした。
 しかし、歌のレッスンを一緒に受けていて仲良くなっていた九州の福岡から東京まで出て来た同じアイドル歌手となる夢を持つ女の子の望みを奪うことは自分には出来ないという心優しい気持ちから彼女と同じ年のデビューについて反対しませんでした。
 すると、彼女の予想をはるかに上回る2か月後の4月1日に聖子ちゃんの歌手デビューが決まってしまいました。
 そして、大々的なCMとのタイアップの効果も功を奏して、聖子ちゃんのデビュー曲『裸足の季節』は、まずまずの好成績-30万枚近くのヒットを記録することができました。
 そうすると、もはや立場は大きく逆転してしまい、大型新人として大きく売り出す対象は聖子ちゃんに変更され、次に勝負を賭けてぶつけてきたのが、あの『青い珊瑚礁』でした。
 CMもアイドル・メイカーの江崎グリコとタイアップして今度は、CMソングに加えて聖子ちゃん自身もCMに出演することが決まりました。
 その結果、『青い珊瑚礁』は、ミリオンセラーの大ヒット。 聖子ちゃん自身も一躍トップ・アイドルへと躍り出ることになりました。
 ここで、すでに共に大型新人として期待されたもう一方のアイドル候補、中山圭以子さんとの勝負がついてしまいました。
 そして、自分のマネージャーに対して、こんな不満をぶつけたそうです。
 「聖子ちゃんはなんでフリフリのあんなに綺麗な衣装をたくさん作ってもらっているの」 中山圭以子さんは、私服で歌っていたそうなので、その差は歴然といていました。
 このセリフには、私も胸を打たれました。 自分もなれるものと信じて疑わなかったアイドルの座がどんどん遠ざかっていくのが、悲しく、また、とても辛かったのではないでしょうか。
 確かに聖子ちゃんの成功は、本人の才能、資質、それともちろん本人の努力の結果、大きな花が開いたということが、最も大きな要因であるということが言えるでしょう。 同じ期待の先輩新人の中山圭以子さんについては、CMタイアップがこけたりして大変不運でしたが、仮にそういうことが無くてその曲がある程度売れたとしてもやはり、聖子ちゃんほどの成功を収めたり、その後の息の長いスーパー・アイドルになれたという可能性は低いと思われます。 ただし、聖子ちゃんほどの資質を備えた方ではないけれども聖子ちゃんのデビューを遅らせることで、聖子ちゃんのブレイクの芽を摘み取ることはできた可能性は高かったキーマンでした。
 そういう意味では、中山圭子さんが芸能界にあって心優しい女性であったことが、聖子ちゃんがつまづかなかった理由の一つでもあります。
 その一事と合わせて、聖子ちゃんの周りを取り囲む環境も素晴らしく整っておりました。 作詞の三浦徳子さん、作曲の小田雄一郎さん、編曲の大村雅朗さんなどそうそうたるメンバーを揃えて力の入った楽曲作りに努めたこと。 これは、プロデューサーの若松宗雄さんにおうところが大きかったですし、CMとのタイアップについては、サンミュージックの実績とコネクションによるところが大きかったことでしょう。
 そういう強運自体も聖子ちゃんの持てる才能と魅力が周りの力を引き寄せてきたことでしょう。
 それでも、そういう素晴らしい周りの環境が整わなかったとしたら、聖子ちゃんの成功自体もなかった可能性も十分あり得るわけです。
 そういう意味では、初心や恵まれた環境に対する感謝の気持ちをいつまでも忘れないで欲しいと思います。
 
 ところで、私が、ここまでくどくどと長い文章を書いてきて、何を言いたいのかと申しますと、今年の年末から、来年にかけて聖子ちゃんのマスコミへの露出度が一気に高くなることが予想されています。
 特に年末は、NHKの紅白歌合戦に出場の可能性が高いですね。 ただ、その際には、年末恒例のカウントダウン・ライブとの競合が考えられます。 そうなるとライブ会場からの出演ということになるのでしょう。
 そこで、目につくのが聖子ちゃんのライブ・パフォーマンスについてなんです。 マドンナやシンディー・ローパーなどとも仲の好い聖子ちゃんは、ああいう派手でノリの良いスタイルに憧れている面があるのでしょう。
 そこら辺から来ているのか、スカートでありながら、仁王立ちのように足をしっかりと開いたまま歌っている姿をよく見かけます。 これはいくらなんでも見た目が良くありません。 パンツルックやレオタードのような格好であればまだわかりますが、かの陰の恩人、中山圭以子さんが羨ましがったあのフリフリの可愛らしいドレスを身にまとい人々の目を魅了しながら歌っていたかつての清純・可憐なアイドル 聖子ちゃんからは、想像もつかない姿です。 また、最近のアイドルたち、今を時めくAKB48でも一時的に足を開くことはあっても基本的には足を閉じてパフォーマンスしています。
 
 もし、仮にかつての聖子ちゃんが、足を開きながら歌っていたとしたら、いくら可愛くて歌が上手であっったとしても、あのような大ヒットや人気者にはなれなかったことでしょう。
 今のライブでの姿をもし、中山圭以子さんが見たとしたら、とてもがっかりすることでしょう。 羨ましいけれど自分よりフリフリのドレスが似合っているし、とても清楚で上品な姿に、自分より売れてしまった聖子ちゃんをある面仕方がなかったと諦められた部分があったでしょうけれど、これでは台無しだと感じてしまうことでしょうから。
 
 中山圭以子さんだけではありません。 当時の聖子ちゃんを知る人たちで、最近ではあまり目にすることのなくなった一般の人たちが、そのような姿を目にしたとしたら、やはり愕然とすることでしょう。
 
 普段のライブ・コンサートでは、熱烈なファンの人しか訪れず、どんなパフォーマンスに対しても文句を言う人は少ないでしょう。 でも、一般のテレビ番組やましてや年末の紅白歌合戦でそのような姿を見たとしたら、呆れてしまうかもしれません。

 一般の人々にとっては、かつての国民アイドルとしての出来上がったイメージを持っているでしょうし、飛躍した聖子ちゃんに対する免疫がないからです。
 そうなると、聖子ちゃんの評判もガタ落ちとなってしまうことが懸念されます。
 
 まさかとは、思いますが、そのようなことがないことを願っているが為にこのような発言をしようと思った次第です。
 それと、「フォーッ」というしっとりとした曲では場違いな掛け声も一般の人が見ている場ではふさわしくないと思います。 逆に雰囲気が壊れてしまいそうです。
 
 人気者となった初期の聖子ちゃんは、純和風の大和撫子で、清純・可憐を絵に書いたような人でした。 正統派アイドルの王道を行くルックス、雰囲気、歌声を持っていました。 だからこそ、国民アイドルとしてテレビやマスコミに登場しない日がないくらいの人気者になれたのだと思いますし、今のタレントさんとは、比べ物にならないほどの知名度を得ることができました。
 
 まさに、美空ひばりさん、吉永小百合さんに並ぶ芸能界のダイアモンドと言って良い存在だと思います。 だからこそ、聖子ちゃんには、しっかりとして欲しいと願っているのです。 多くの周りを取り囲む人たちに恵まれ、順調に成長することのできたスーパー・アイドルであったことから、今でも見放さないファンもついていてくれるのです。
 
 ですから、どこまでもついてきてくれるそういう素晴らしいファンだけに甘えることなく、本来の素敵な姿を見せてもらいたいと願っているのです。
 
 来年は、NHK大河ドラマへの初出演や歌番組の司会なども予定されています。  もし、そのような姿を見せたとしたら、ブレイクするどころか、国民にそっぽを向かれてしまうことにもなりかねません。 ですから、そのようなことの無い様にどうか、上品で礼儀正しい聖子さんでいて下さい。
 
 それこそが、聖子ちゃんの陰に埋もれて辛い人生を歩んだ中山圭以子さんへの敬意を示すことになりますし、周りを取り囲んでサポートしてくれた多くの恩人やファンの人々に対する一番の恩返しにつながることだと思います。
 
 自分を支えてくれたファンやプロダクション、プロデューサー、作家の方々、スタッフの方々への感謝を忘れず、素敵な女性であっていただきたい。
 
 Stay Diamond!
 
 そう、聖子ちゃんが、“ダイアモンド”であり続けるために!
 
 
[ 2011年11月07日 02:09 ] カテゴリ:雑感 | TB(0) | CM(0)

最後のスペースシャトル「アトランティス」無事帰還!

 
 ラスト・フライトに飛び立ったシャトル計画最後のスペースシャトル「アトランティス」が、24000枚の耐熱タイルを焦がしながらも昨夜無事に帰還しました。
 
 ついに、1981年に始まった30年に及ぶシャトルの歴史に完全に幕が下ろされることになりました。
 無事の帰還、本当におめでとうございました。
 
 

 
 
 本来、10年の耐久性を持たせて始まったシャトル計画でしたが、10年を待たずしてベルリンの壁が崩壊し、最大のライバルであり、東西冷戦時代の東の雄で仮想敵国のソ連が自然消滅してしまったために宇宙開発にそれほど血道をあげる必要が無くなり、現状維持で十分まかなえることになってしまったことが、結果的にシャトル計画を長引かせることになりました。
 
 そして、新型宇宙船の開発が止まり、シャトル計画が3倍の期間延長されてきましたが、さすがに耐用年数の限界を迎えてしまったのでしょう。 今回のフライトを持って全ての計画の終了が決定していました。
 
 アメリカ政府は、今後、宇宙開発のための巨額な財政負担にも応えることが出来ない状況のため、民間活力を大いに利用する方針を打ち出しています。 NASA及びアメリカ政府自体の新たな目標は、火星への人類の着陸を掲げていますが、具体的に実現可能な計画になるかどうかは、まだ不透明なようです。 やはり、激しいライバルとの競争があって初めて大きな結果が出せるというのが本当のところでしょう。 世界第2位のGDPとなった中国でも、いきなり宇宙開発競争の場に飛び出してくるなど相当なショック療法が無い限りは、何としてでも実現しようという強い動機には繋がらないように思います。
 
 その点、民間企業に委ねることによって、宇宙旅行などの新たなビジネスが模索されて、民間ならではのアイデアから画期的なビジネスモデルが生み出され、新境地が開かれるかもしれません。 例えば、1000万円未満で個人の宇宙宿泊旅行が可能になれば、多くの需要が生まれるのではないでしょうか。 その位の金額なら出してでも宇宙へ行ってみたいというお金持ちはけっこういるでしょうからね。 もちろん、それには、宇宙ホテルや大量人員輸送のためのシャトルも必要になりますから、そう簡単なことではありませんが、宇宙に挑戦したいアメリカ企業にはNASAから、これまでの宇宙開発で培ってきたノウハウが提供されるということですから、それらと、民間の巨額な資金と航空機や自動車、電機、建設業などの技術力が合わされば、それなりの成果が得られるように思われます。
 
 それでも、アメリカの次期宇宙船が登場するまでには、最低3年以上は掛かると言われておりますので、それまで宇宙への人員輸送は、ロシアのソユーズ・ロケットの独壇場になってしまうことは、確実のようです。
 
 ところで、日本の宇宙開発においても、昨年は画期的な出来事がありました。
 小惑星探査機「はやぶさ」が7年余りの年月を経て、小惑星イトカワから、地球へ帰還したという快挙です。 しかも、細かいその惑星の砂粒をカプセルに持ち帰るという偉業を成し遂げました。 アメリカやソ連でさえ、月以外の星に着陸して地球へ帰還したという例がありませんので、まさに偉大な功績です。
 
 その「はやぶさ」を扱った映画が、3本同時に制作されることが決まりました。 東映、松竹とアメリカの20世紀フォックスの3社がそれぞれはやぶさの活躍ぶりを映像化します。 現実に有った話ですから、フィクションの入る余地は殆ど無いでしょうから、各社のスポットライトの当て方によって味付けが変わってくるのだと思われます。 これまで、日本の航空、宇宙技術は、今ひとつパッとせず、地味な感が否めませんでしたが、ここに来て世界初の大きな足跡を残してくれました。
 
 これらの映画が、なでしこジャパンのワールド・カップ初制覇の感動と共に東日本大震災で、経済的にも精神的にも大きな痛手を負った日本が、再び元気を取り戻すための原動力の一つになってくれたら素晴らしいことだなと思いました。
 
 日の出づる国、日本。 戦後、焼け野原から、奇跡の復興を果たし、世界第2位の国内総生産を実現できたその活力、ベンチャー・スピリットをもう一度思い出して欲しいものです。
 
 アラジン 『陽は、また昇る』。 この曲は、それを思い出させてくれる素晴らしい曲だなと思いましたが、残念ながら、それほどのインパクトを与えることなく沈黙してしまいました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 こんな凄いことの出来る日本人。 やはり、捨てたものではありません。 大いにパイオニア・スピリットを持ち、ポジティブ・シンキングを発揮して新しいこと、画期的な分野を切り開いていく意欲満々で行動力旺盛な人が次々と増えていくことを望んでやみません。
[ 2011年07月22日 23:58 ] カテゴリ:雑感 | TB(0) | CM(0)

スペースシャトル、最終打上げ成功、おめでとうございます!

 最後のスペースシャトル “アトランティス”号が、日本時間9日未明、アメリカのケネディー宇宙センターからの最終打ち上げに見事に成功しました。 1981年4月から135回目、30年の歴史に花を添えました。 後は、予定日の7月20日に無事帰還を果たせば、有終の美が飾れるというものです。
 

 
 心から、無事のお帰りをお祈り申し上げております。
 
 思えば、30年の長きに亘り、良くぞ活躍してくれたものです。 人工衛星はもちろん、多くの世界各国の宇宙飛行士を乗せて、シャトル(はた織機の横糸を往復させるもの)という訳で何度も地球と宇宙とを往き来してくれました。
 日本人宇宙飛行士も毛利守さんを始め、女性の山崎直子さんまで多くの宇宙飛行士が誕生しました。
 その山崎直子さんのウェイクアップ・コールには、家族からのリクエストにより、聖子ちゃんの『瑠璃色の地球』が流され、同乗の乗組員らと共にスペース・シャトル内において心地よく耳にされたということです。
 
 特に、ISS(国際宇宙ステーション)の組み立てと八ッブル宇宙望遠鏡の打ち上げには、スペースシャトルが無かったとしたら、不可能でした。 他の単体ロケットと異なり補助ロケットにより多くの推進力を得るように設計されているので、貨物室がずば抜けて大きく用意されているスペースシャトルならではの快挙だと言えます。
 残念ながら、悲しい失敗も何度かありましたが、それでも、殆どは成功でしたから、見事な活躍だったと思います。
 
 あのロケット・エンジン点火時に噴射口をクローズ・アップした映像が映されるとゆらゆらと揺れながらゆっくりと垂直に上昇していく姿が何だか危なげでもあり、迫力があったりもしました。 この勇姿をもう生で見られることは二度と無いのだと思うと一抹の寂しさを覚えます。
 
 ところで、このスペースシャトルに使われている部品点数は、何と250万点もあるそうです。 人類史上、これまでに作り上げられた機械の中でも最も複雑な機械であるということが言えるでしょう。 人類の英知の結晶です。
 
 81年に第一号のスペースシャトルが、宇宙へと飛び立ち、地球へと帰還する際の実況中継には、度肝を抜かれました。
 大気圏への再突入時の速度が、何とマッハ50という訳ですから。 私などの世代では、『スーパージェッター』という子供の頃、人気のアニメ番組がありまして、その主人公は、“流星号”に乗って未来の国から、当時の時代に助け舟を出しに来るわけなのですが、つまり、タイムマシンでもある乗り物なんです。 その流星号が時代を超える際の速度というのが、マッハ15だったんです。(笑)
 
 とんでもないスピードで、大気圏へと突っ込んでくるのですから、隕石も真っ青、高熱で燃え尽きてしまいそうなものですよね。 それを守ってくれる耐熱タイル(命綱のひとつ)の大事な部分を日本の会社-京セラがセラミックで協力していたという話も誇らしく聞いたものです。
 
 これからは、国際宇宙ステーションと地球との人の往き来には、ロシアのソユーズ・ロケットに頼るしかありません。 物の輸送には、日本の無人輸送船 HTV(コウノトリ)があります。 スペースシャトルの後継には、早ければ3年後にもボーイングなどアメリカの民間企業が開発を進めている次世代宇宙船がお目見えする予定だそうですが、こういう開発には遅れが付き物ですから、予定通り開発が進むかどうかは予断を許しません。
 
 日本のH2Aロケットは100%近くの成功を誇っていますので、その技術に、より磨きをかけて有人宇宙飛行船の開発に乗り出してみるのも夢があっていいとは思うのですが、今のところ宇宙開発というのは、人工衛星の利用が殆ど唯一のメリットですから、中々有人飛行に乗り出すきっかけが乏しいところです。
 ただ、今後期待できるのは、宇宙の無重力を利用した材料開発-宇宙工場などというものが注目を集めています。 また、広大な宇宙空間に太陽光発電所を建設して地球にマイクロ・ウェーブで送電するという技術も研究されています。 このような宇宙製造に大きな期待の持てる事が確実になってから乗り出すのでは遅すぎますので、早くから計画を進めておくことが大事だと思います。 ジャパニーズ・シャトルも実現に向けて、どうか頑張ってもらいたいものです。
 
 そして、30年前といえば、我らが聖子ちゃんが、デビュー2年目、スターダムに上り詰め、確実な地歩を固めて、『夏の扉』でのりに乗っていた頃です。
 この頃、スペース・シャトルの実現を見て、21世紀には、科学及び、宇宙開発も飛躍的に進歩して、それは明るい未来が待っているように感じたものです。
 
 例えば、個人での宇宙旅行ですね。 確かに、ある意味実現している部分もあります。 ソユーズ・ロケットに個人旅行者が乗れる権利を得たりしておりますから。 ただ、その金額たるや10億円とも言われますから、とても一般的な話ではありません。
 
 そんな夢を描いていた人のお一人に松本隆さんも居られました。 1984年夏のアルバム 『Tinker Bell』の中の6曲目に『AQUARIUS』がありました。
 宇宙人である恋人と共に、彼の故郷、みずがめ座へ向かうというものです。
 そんな未来は、近い将来きっとやってくるのだろうなと漠然とした期待を多くの人が持っていたものです。 実際の宇宙開発の歴史を眺めてくると、そう一足飛びに進歩を期待するのも難しいのだろうなと今となっては感じます。
 
 なんと言いましても、市場原理、かつてのゴールド・ラッシュなどのように何か人々に利権をもたらす大きな鉱脈(お金の種)でも見つからない限り急激な進歩というのは、起きないように思えます。 携帯電話の進歩などは、予想通りかそれ以上の進歩を遂げていますから、やはり、何か大きなメリットが見つからない限りはそう急激には進まないということなのだろうと思います。
 
 いずれにしましても、スペースシャトルの果たして来た功績は大変大きく立派なものだったと思います。 コロンビア、アトランティス、チャレンジャー、エンデバー、ディスカバリーの5機のうちコロンビアとチャレンジャーの2機は、事故で失われてしまいましたが、後の3機は、大事に保存されますことを願っています。 また、アポロ11号(人類初の月面着陸機)の記念すべき帰還日と同じ7月20日には、是非とも無事に地球へと降り立っていただけることを念じております。
 
[ 2011年07月10日 00:32 ] カテゴリ:雑感 | TB(0) | CM(0)
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Chanchiki20と申します。 どうぞよろしくお願いします。

 趣味は、ネットサーフィン、音楽鑑賞、DVD鑑賞、読書、カラオケなどです。
 
 音楽は、古い曲が中心ですが、(ビートルズ、キャンディーズ、松田聖子等)、しいて最近の曲と言えば、ZARD、小柳ゆき、倉木麻衣などの曲を聴いています。

 映画は、ジャッキー・チェンや、007シリーズなどのアクション物が好きでした。 最近のものでは洋画や邦画の話題作をチェックしてちょくちょく観に行っています。

 読書は、小説(歴史、現代、未来)、エッセイ、実用書などいろいろ読みます。

 もっか、最もはまっているのは、松田聖子さんに関わるストーリーを展開することです。

 いつか長編小説を書き上げたいと思っています。

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